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カテゴリ:R.I.P.( 20 )
Sandy West(1959−2006)
a0026447_22353363.jpgランナウェイズのドラマー。
2006年10月21日、病死。
享年47歳。
死因は肺癌。

サンディ・ウエストはランナウェイズの結成メンバーの一員だったことを誇りに思っていた。
普通のティーンエイジャーたちが高校へ通ったりプロムパーティーの計画を立てているころ、サンディとランナウェイズは音楽の遺産を造っていた。ラモーンズ、ピストルズそしてブロンディのようなバンドに影響された彼女たちの演奏スタイルは、やがてパンクムーヴメントの一端を担うようになった。

バンド解散後、サンディはリタ・フォードと共にしばらく活動を続けた。
80年代に入ると彼女はサンディ・ウェスト・バンドを結成。旧友のシェリー・カーリーもときどき参加し、ロケットシティ・レコードからシングルリリースも果たしている。

やがてサンディはハードロック・ドラマーとしての頭角をあらわすようになる。
さらに彼女は優秀なフロント・ウーマン、ドラマー、ソングライターで、ライヴではドラムを叩きながらヴォーカルもこなしていた。
まるでこの世に生まれる前からドラムをプレイすることが宿命付けられていたような攻撃的な彼女のドラムは男女問わず幅広いドラマーに影響を与えた。

2005年にサンディは癌と診断され、過酷な闘いは2006年10月21に終わった。
音楽の遺産を後世に残すこと以外に、彼女を愛する大勢の人々を置き去りにして行ってしまった。
彼女の影響はいつまでも強く残るだろう。彼女を知る者、彼女に感謝する者、彼女を愛した者。そして「サンディ・ウエストのようになりたい」とスティックを握った全てのドラマー達に。
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by velvet_iris | 2006-10-21 22:34 | R.I.P.
Kuit Cobain(1967−1994)
a0026447_1865836.jpgNirvanaのヴォーカル、ギター・プレイヤー。

1994年4月5日、シアトル自宅にてショットガン自殺。
享年27歳。

4月8日、セキュリティシステムの設置に訪れた電気修理工によってバスルームから男性の遺体が発見された。
当初、遺体の身元はすぐに判明されなかった。
それだけ無惨な顔になっていたのだろう。
その遺体はカート・コバーン。
人気絶頂のロック・スターだった。

ニルヴァーナが1991年に発表したメジャー移籍アルバム「Nevermind」は、80年代ロックの残り香が蔓延しているロック・シーンの空気を変えたと言っても過言ではないだろう。ハードロックとパンクをかけ合わせたようなサウンド、憂鬱や苛立ちといったネガティヴな歌詞はもちろん、ネルシャツにジーンズといったファッションに象徴される飾らない姿勢は多くの若者の共感と強い支持を得た。メタリカをはじめとするミュージシャン達もこぞってニルヴァーナを絶賛し、“爪のアカ”という意味のグランジという呼称が生まれた。

純粋に音楽を愛し、自分の音楽を聴きに訪れるファンが100パーセント楽しんでもらえばいいと思っていたカートだが、彼が予想していたよりもバンド、カート本人がメジャーになり過ぎてしまった。自らを「繊細な魚座」と分析していたカートはそんなジレンマに悩み、ドラッグへ溺れはじめる。92年にコートニー・ラヴと結婚、最愛の娘フランシスが誕生するが、自殺未遂ともとれる入院騒ぎを繰り返すようになる。その頃のカートは、音楽を聴く事、作る事すべてに冷めてしまったらしく、情熱を失ったことでファンへの罪悪感を感じていたようだ。「ステージに上がる前、観客の叫び声を聞いてもフレディ・マーキュリーのようになれない。自分は楽しくもないのにそれを偽り、ファンから金を巻き上げている」と。

検死の結果、死亡推定日は4月5日、死因は「ショットガンによって口から頭部を打ち抜く傷」と記録された。
彼の残した遺書の最後はこう記されている。
「フランシスとコートニーへ、俺は祭壇にいるよ。コートニー、フランシスを頼む。彼女の人生にとって、俺なんか居ないほうがはるかに幸せだと思う。愛してる。愛してるよ!」
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by velvet_iris | 2005-04-05 18:13 | R.I.P.
Cozy Powell(1947−1998)
a0026447_1823387.jpgドラマー。

1998年4月5日、ブリストルにて自動車事故死。
享年50歳。

コージー・パウエルの運転するサーブ9000は高速道路の中央分離帯に激突。病院へ運ばれる途中に死亡した。
同乗者はいなかった。悪天候の影響との情報もあるが、詳しい事故原因は確認されていない。

レインボーをはじめとする数々の人気HR/HMバンドのドラマーを務めたほか、ジェフ・ベックやブライアン・メイなど数々のミュージシャンの作品に参加したコージー。バンドを転々と渡り歩く事から「渡り鳥ドラマー」との異名を持つ彼は、本気でレーサーに転向しようと考えていた時期もあるほど運転が好きだったという。それは生前に残された彼の写真の中で、レーシング・スーツ姿で微笑む姿が多いことからも分かる。

亡くなる直前にはロニー・ジェイムズ・ディオとリッチー・ブラックモアに対して、レインボーの再結成を働きかける一方、ブライアン・メイやイングヴェイのアルバムに参加。結果的に遺作となる4作目のソロアルバム「Especially For You」の制作中でもあった。イングヴェイのバックとして来日公演も予定されていたが、死亡する数週間前にバイク事故で足を怪我をしたため実現されず、イギリスに残っていた。死亡事故当日、イングヴェイは来日中であったため、もしコージーも来日していれば事故死を免れたのではないか、と悔やむ声も多かった。
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by velvet_iris | 2005-04-05 18:05 | R.I.P.
Randy Rhoads(1956−1982)
a0026447_16553080.jpgOzzy Osbourne Bandの元ギター・プレイヤー。

1982年3月19日、フロリダ州で事故死。
享年25歳。

ツアー・バスでの移動中に立ち寄ったフロリダ州リースバーグ。バスの運転手と衣装係、そしてランディ・ローズの3人は小型飛行機に乗り込み、バスの上空を旋回したり、バスに向かって低空飛行するなど“お遊び”を始めた。しかし、三回目の低空飛行の際に小型飛行機はバスに接触し、民家の倉庫に激突。三人は即死だったという。

ランディ・ローズの25年という短い生涯の中で、1979年という年は間違いなくターニング・ポイントだっただろう。昼間は音楽講師として働き、夜にはデビューすらできないバンドでライブを行なっていた彼が、オーディションでオジー・オズボーンと出会った年だ。当時のオジーは父親を亡くし、ブラック・サバスも脱退するなど精神的に危うい時期だった。ソロデビューに向けても、トニー・アイオミという屈指のソングライターと袂を分けた不安も大きかったはずだ。そんなとき、オーディションに現れたのが23歳のランディだった。小柄でブロンドの長髪、まるで女の子のようなランディがチューニングのために鳴らしたハーモニクスを聴いただけで、オジーは「君に決めた」と言ったといわれている。まさに運命の出会いだったのかもしれない。
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by velvet_iris | 2005-03-19 16:58 | R.I.P.
Bon Scott(1946−1980)
a0026447_456137.jpgAC/DCの元ヴォーカリスト。

1980年2月19日、ロンドンにて急死。
享年33歳。

原因は睡眠中の嘔吐物による窒息死。

酒枯れたような声、袖をカットしたGジャンに胸毛、お尻の左右に彫られた「AC」「DC」というタトゥー、彼のイメージはワイルドなロックシンガーのイメージそのものだ。

バンドの機材トラックの運転手を経てヴォーカリストの座を掴んだボン・スコットは、バンドにとって“メルボルン発、世界行き”の運転手でもあったが、目的地を前にしてひとり天国へ旅立ってしまう。バンドの中心メンバーであるヤング兄弟にとって、同じスコットランド移民のボンは単なるヴォーカリスト以上の存在だっただけに、彼の死はバンド解散を考えるほど大きな出来事だった。

弔衣のような黒一色のジャケット、弔鐘のように鳴り響く「Hell Bells」のイントロ。悲しみを乗り越え制作された「Back In Black」は史上最も売れたロック・アルバムとなり、世界という目的地に到達した。それから25年、AC/DCというトラックには終点など無いかのように現在も走り続けている。
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by velvet_iris | 2005-02-19 04:09 | R.I.P.
Karen Carpenter(1950−1983)
a0026447_227739.jpgカーペンターズ。

1983年2月4日、自宅で病死。
享年32歳。

原因は拒食症に伴う急性心不全。

光あるところ影がある。眩しい笑顔に輝く白い歯、仲の良い家族。カーペンターズは「健全なアメリカ」の象徴のように捉えられていたが、現実は兄リチャードの睡眠薬中毒や母親との軋轢など様々な問題を抱えていた。

カレン自身も極端な肥満への恐怖心があり、過度のダイエットと精神的ストレスから拒食症になってしまった。身長163cmのカレンは23歳頃からダイエットを始めるが、2年後に拒食症で倒れてしまう。一時は体重36kgまで痩せ細ってしまいながらも拒食症の治療を始め、回復に向かっていると思われた「Voice Of The Heart」(1983)の制作中に病状が悪化、帰らぬ人となってしまう。3年前に結婚したばかりのことだった。

ちなみにラストテイクは1曲目の「Now」だといわれている。体調が万全ではなく“仮唄”の段階だったとのことだが、それを感じさせない完璧なヴォーカルには驚かされる。是非一度聴いてみて欲しい。
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by velvet_iris | 2005-02-04 02:29 | R.I.P.
Sid Vicious(1957−1979)
a0026447_14444474.jpgSex Pistolsの元ベース・プレイヤー。

1979年2月2日、グリニッジ・ヴィレッジのアパートで急死。享年21歳。

原因はヘロインの過剰服用。

恋人のナンシー・スパンゲン殺害容疑で逮捕されたシドは、4カ月後に自殺ともとれる死を遂げる。その際、手書きの遺書を残していた。

「僕らは一緒に死ぬ約束をした。その約束を果たさなければ。彼女と一緒に埋めて欲しい。革ジャンにジーンズ、モーターサイクル・ブーツを履かせて。さよなら」

一緒に埋葬される事はナンシーの家族によって拒否されるが、シドの母親はシドの灰をナンシーの墓石に振りかけたという。
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by velvet_iris | 2005-02-02 14:45 | R.I.P.
Phil Lynott(1949−1986)
a0026447_12394490.jpgThin Lizzyのヴォーカリスト、ベース・プレイヤー。

1986年1月4日、病死。
享年36歳。

原因はドラッグによる心不全と肺炎の併発。

“やめなきゃならないんだ あんなもの”と歌詞にしたこともあるアルコールとドラッグによって彼の晩年は散々なものとなった。バンドの崩壊、レーベルからの契約拒否。盟友ゲイリー・ムーアの助けを受けて本格的に活動再開しはじめた頃には、長年のドラッグ癖で身体はボロボロになっていた。

その風貌から、幼い頃に人種差別を受けたと言われるフィル。そんな差別を乗り越えて「アイルランドの英雄」と呼ばれるまでになった才能と努力は計り知れない。キャッチーなメロディセンスもさることながら、彼のペンによる歌詞は独特の情景を描き出していた。

“君が僕の人生に現れたとき、世界が一変した 僕のサラ 何もかもが正しく見える 僕の赤ちゃん”

こんな素直なフレーズから始まる曲「Sarah」は、愛娘サラに捧げた心あたたまる名曲である。
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by velvet_iris | 2005-01-04 12:38 | R.I.P.
John Lennon(1940−1980)
a0026447_134162.jpgThe Beatlesメンバー。歌手。

1980年12月8日、ニューヨークにて殺害される。
享年40歳。

ジョンに5発の銃弾を浴びせた犯人マーク・チャップマンは当初、殺害動機を「頭の中で彼を撃てという声が聞こえた」と答えたため“狂人”扱いされた。

のちに「有名人を殺害して有名になりたかった」「ジョンのサインの書き方が気に入らなかった」とも語ったり、「愛と平和を説きながら億万長者になった偽善者と決めつけた」「犯行時に持っていた本『ライ麦畑でつかまえて』の宣伝」等など、様々な推測があるが真実は明らかにされていない。

一方、死後24年経過した今でも“個人の犯行”ということに疑問を持つ人は多い。息子のショーン・レノンは雑誌「ニューヨーカー」でのインタビューで、ジョンの殺害はアメリカ政府の陰謀だと、次のように語った。

「反体制文化の革命家だった父はアメリカ政府にとって危険な存在でした。たとえば、もし父が“明日ホワイト・ハウス爆破しよう”と言ったら、実際に行動を起こす人が1万人はいたでしょう。歴史をふりかえってみても、そんな平和革命家は政府によってつぶされる運命にある」
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by velvet_iris | 2004-12-08 14:40 | R.I.P.
Freddie Mercury(1946−1991)
a0026447_3394791.jpgQueenのヴォーカリスト。

1991年11月24日、病死。
享年45歳。

原因はHIVによるカリニ肺炎。

その日、私は午前中にHIV感染のニュースを知り、夜には死亡のニュースを聞いた。当時はHIVの認識がかなり低かったため、フレディが亡くなったショックよりもHIVの怖さの衝撃が大きかったように思う。

フレディがこの世から去って13年。2004年版エイズ報告書によると、HIV感染者は3940万人と過去最多。日本でも毎年増え続けているという。Rattのギター・プレイヤーだったロビン・クロスビーも2年前にHIVの合併症で亡くなった。すでに病気と闘っている人、いまだ感染を知らない人も多いはず。特効薬ができるのはいつになるのだろうか。

今朝iPodが再生したのは
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by velvet_iris | 2004-11-25 01:37 | R.I.P.