「Dr. シーゲルこと成毛 滋でした」
a0026447_6442985.jpg「6番線10フレット小指ハンマリングオン、その指をプリングオフして6番線8フレット中指。その指をプリングオフして6番線7フレット人指し指、6番線8フレット中指ハンマリングオン、6番線10フレット小指ハンマリングオン、その指をプリングオフして6番線8フレット中指。その指をプリングオフして6番線7フレット人指し指、そして人指し指が6番線を滑って5フレットまでいきます。ここまでを弾きますと……ドリュドリュドリュリュリュウウ〜!この続きはまた来週。古川クン、ご苦労さまでした」


何曜日、何時だったか忘れてしまったが、深夜の時間帯だったのを覚えている。
ラジオのチューニングを文化放送に合わせると、少し甲高く、鼻にかかった声のパーソナリティーがこんな事を延々と喋っていた。
もう20年以上も昔の事だ。




当時はハードロックやヘヴィーメタルが最も活気があった頃。
バンドの華であるギター・プレイヤーは、超絶テクニックを駆使した“速弾き”でファンを魅了し、当時のギター小僧たちはこぞってコピーにいそしんだ。
レコードやCDをカセットテープにダビングし、何度も何度も「一時停止」ボタンを押しながら音を拾っていく者がいれば、ギター雑誌やバンドスコアのタブ譜を追っかける者もいた。
いずれにせよ、時間と労力が掛かる作業である。

「パープル・エクスプレス〜Dr.シーゲルのギター講座〜」。
スポンサーが佐川急便だったこの番組は、当時のギター小僧のあいだでは夢のような番組だった。
ヴィニー・ムーアやクリス・インペリテリなどの速弾きギター・プレイヤーのフレーズを丁寧に解説してくれるのだ。
アシスタントを務めていたのは、SHOW-YAの寺田恵子さんや五十嵐"Sun-go"美貴さん。
そして解説をしていたのが、“ドクター・シーゲル”こと成毛 滋(なるも・しげる)さんだった。

成毛さんは60年代後半から70年代、つのだ☆ひろ、柳ジョージらと結成した「ジプシー・アイズ」をはじめ、さまざまなグループまたソロとして活動したギター・プレイヤーである。
つのだ☆ひろさんの名曲「メリー・ジェーン」のギター・ソロを弾いているのも成毛さんだ。
私よりも上の年代の方はギター・プレイヤーとしての成毛さんをご存じなのかもしれないが、私はこの番組ではじめて成毛さんを知った。
もちろん、ラジオなので声だけではあったが。

私の手元に一枚の写真がある。
カメラ目線で苦笑いをしている成毛さんが写っている。
1989年、川口モンスターで行なわれたパーティーで撮らせてもらった写真だ。
ラジオの若々しい声からは想像できないほど、素朴で小柄な人だった。
成毛さんは人並み以上に手が小さく、ギブソンやフェンダーといった外国産のギターを弾くのに苦労したという。

「手の小さな日本人でも外国人に負けないプレイができるために」
成毛さんは1970年、当時無名だったギター・ブランド“グレコ”に細いネックのギターを注文したそうだ。
グレコは成毛さんの想像を越えたレスポールを完成させ、成毛さんもそのレスポールを自らがステージで演奏することで、グレコのギターが爆発的に売れたらしい。
後年、成毛さんの意見が随所に反映されたミディアム・スケールのストラトがフェンダー・ジャパンからも発売された。
プレイヤーの視点から、国産ギターメーカーの品質向上に一役も二役も買っていた人でもあった。

そんな成毛滋さんが先月29日、大腸がんのため亡くなったそうだ。
享年60歳。まだまだ若い。

ラジオを通して成毛さんから教わった事は多い。
「バッキングするときの手は体温計を振るように手首のスナップを効かせること」
「速弾きのときは鍵を回すように」
他にも多くの事を学び、そして実践してきた。
私にはお互いにギターを抱えて対峙し、レッスンをしてくれた“師匠”が数名いる。
成毛さんは私にではなく、マイクを通して全国に喋っていただけ。
そして私もラジオを聞いていただけ。
それでも勝手に“師匠”として成毛さんの事は忘れないでいようと思う。
成毛さん、心からご冥福をお祈りします。
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by velvet_iris | 2007-05-01 23:04
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